BIOSPHERE 20年後を目指した地域戦略を考える
もう20年以上前の話になりますが、東北のある老農夫が
桜の花びらからその年の天候を読むというドキュメンタリー番組を観たことがあります。
桜が咲く春に収録したものを秋に検証するという趣向で、放映は10月頃でしたか。
驚いたことに、農夫が桜の花びらから読んだ通り、その年は冷夏、台風は3回。
他の細かな予想もほとんど的中していたのです。
その時に覚えたショックには、なぜか一種の虚脱感、
得体のしれない不安のようなものが混じっていた記憶があります。
これは、私たちが天気図を学ぶようなこととは明らかに違う。
うまくは言えませんが、私たちの社会は違う道を歩んでいるのではないか・・・。
考えてみれば、つい近年まで
農夫がその年の天候を見誤れば、家族や村の飢えを意味したわけです。
米作り60年のベテラン農夫でも、たかだか60回の経験でしかない。
その1回1回がまさに命を賭けた生への闘い。
彼らが持つ農の知識というものは、何千年、すなわち何千回という生死の挟間で
語り伝えられ、擦り上げられてきた極めて練度の高いものではなかろうか
おそらくその農夫は桜だけでなく他のあらゆる事象から天候を読んだのでしょう。
どうも現代の日本語はこうした種類の知恵を表わす適切な言葉を持っていないようです。
それは科学とも違う。理論でもない。学識とも言えない。
音楽、美術、芸能のような技能とも明らかに異なります。
職人の練達した技術と通じるものがあるものの、はたして技術と呼べるものかどうか。
私が子供だった頃、日射病にかかると、真っ赤になった炭火の一片をコップの水に入れ、
「陽戻し」と称してその水を飲まされたものです。確かに熱はすぐ引きました。
他にも、ドクダミやユキノシタ、アロエといった薬草、塩を使った入浴など
万事に際してあった迷信とも秘伝とも区別のつかない民間療法の類い。
食べられる草や木の実、毒虫や蛇の撃退、山の歩き方、火の起こし方、
つまり自然と付き合う術。
そして、土の味、風の匂い、霧や雲の色合いとかいった繊細なものを識別できる眼力。
そうした諸々の、いわば数千年にわたり民族が醸成し継承してきた
森羅万象に関する種種(くさぐさ)の知恵、感覚、知識。
そして、非科学的という理由だけで近代文明が侮蔑し、破棄してきたもの・・・。
その老農夫の世代が死に絶えたら、
こうしたものの一切を私たちの社会は失ってしまうことになる。
ドキュメンタリーの放映後に私が覚えた不安感は、
今にして思えば、そういうことだったのかもしれない。
代わりに気象予報士がいるではないか、インターネットがあるではないか、
という次元の問題ではないようにも思えます。
貧困が憎めるほどにモノや金を得はしたが、この社会のどこからか、
何か最も肝要なものが急激に空のかなたへ蒸発しつつあるような気がしてなりません。
はたして現在、学校で学ぶような知識体系だけで、
あるいはコンピューターといった私達がいま享受している文明の情報だけで、
この先、日本の繊細な風土や高い文化的水位を維持していけるのかどうか。
昨年、宮本常一(民俗学者)の『忘れられた日本人』を英訳し
出版した米国人ジェフリー・アイリッシュさん*。
彼は、ハーバード大、京大、民間企業などを経て、
現在、鹿児島県の土喰(つちくれ)という11世帯の里山集落で暮らしています。
集落の平均年齢は81歳。
世界中に拝金主義が蔓延しつつある中、彼の経歴や今の生き方をいぶかる人々に、
涼しげな顔でこう返します。
――― お年寄こそ日本の宝、だと。
地方では農村の高齢化が大問題となっていますが、真に問題なのは高齢化なのではなく、
お年寄りという「日本の宝」を活かさない、あるいは活かせない世の中の仕組み、
その責任は私たちの世代にあり、
ひいて、途方もなく大きな害をこうむるのは次世代になるのではないでしょうか。
*2030編集室では、近々、J・アイリッシュさんのインタビューを予定しています。
食卓の崩壊が指摘されていますが、まさにこれも食に関するおばあちゃんの知恵や経験則が伝承されていないから起こることで、おばあちゃん、おじいちゃんをきちっと尊敬する、尊敬できる社会環境を再構築していかなくてはなりませんね。お金には変えれませんものね。
C.FやF.Fに代表される合理的、利便性の高い食事を、ある研究所の所長さんが免罪フードと呼んでいますが、時間がない、料理ができない、子供がほしがるというだけでこのまま食の崩壊が進むなら、日本の豊かな自然環境から生み出された食文化、そして風土そのものまでも放棄することになるのではないでしょうか。
そのとおり。
次の世代にその智恵が伝わっていないのが心配、今から吸収しなくては。
房総半島に和田という捕鯨の町がある。かつてそこを訪れた時に聞いた言葉。「老人は知恵の固まりだ。老人が一人亡くなるというのは図書館が1館なくなるということだ」同感。人類は永年の経験則を黄金則として世代で部族でつないできた。人間がこの世に生まれた意味とは、良質な遺伝子をたくさん残し、その遺伝子が社会の役に立つこと以外にはないと思う。あまりにも文明が進み、その文明を軽視しすぎたため、今の日本人は、何も後世の社会の役に立たない(立てない)、継ぐべき技と知恵を何も持っていないのではないか?外部記憶装置にいくら蓄積しても活きたものにはならない。人が直接人に伝えてこそ意味があると思う。
あぶさん
核家族化が進み、年寄りの懐かしい昔話を聞く機会が本当に無くなってきています。
自分も今は亡き祖父母から昔からの習わしや言い伝えことわざ等教えてもらいました。
まだまだ元気な高齢者の知恵や経験などを子ども達へ伝えていってほしいものと思います。
(私たちが聞いて子ども達へ伝達していくこと必要)
物が豊富で本当にたくさんありますが、物より大切なことを伝えていきたいですね。