【連載コラム】20年後の地域戦略を考える


Vol.14
幸せな犠牲者たち

2010.01.19 金子照美(2030.jp編集室 NPO田園社会プロジェクト理事長)
コメント(5)件

先週は1円でも安いものを求める消費者のことを取り上げましたが、
今回はその逆、つまり、法外な価格をつけた商品に夢中になる消費者のことを書きます。

私は少しだけ服飾界の事情を知っているつもりですが、
昨年読んだ『堕落する高級ブランド』(ダナ・トーマス)には衝撃を受けました。
グローバル・ビジネスの本質が見事に描かれていたからです。

エルメス、ルイ・ヴィトン、カルティエなどの舶来高級ブランドは、
19世紀、欧州の王侯貴族のために高価な服飾工芸品を作ったことから始まり、
その後も大富豪、女優などに愛用されてきた老舗のブランドです。
したがって宣伝や広告などとは縁がなく、
ひたすら職人の鍛え抜かれた伝統技術だけが支えてきた、
いわば宝石にも似た世界最高の工芸品だったとも言えます。

ところが、現在のブランド品のほとんどは中国で作られています。
特に売上げの大部分を占めるバッグは、コンピューターによるデザイン、
鍵はイタリア・中国、ジッパーは日本、刺繍はインド・中国、レザーは韓国、そして組み立ても中国。
最後に「Made in France」「Made in Italy」などのラベルが貼られて出荷されます。
Tシャツやニットなどはメキシコ、マダガスカル、モーリシャス(アフリカの島)といった
賃金の安い発展途上国。

ちなみに、広東省のアパレル工場で働く女性の平均月収は5000~1万円。
それでも最近はベトナム、カンボジアへ移すらしく、
工場は「安くて豊富な労働力を求めて世界中をさまよう」のがブランド界の現状とのこと。
生産コストは卸値の1/10以下というから驚きです。

その一方で、ブランドメーカーは巨額の宣伝費を投入してメディアに広告を出します。
大都市の目抜き通りにはゴージャスな直営店を配置。
また、ハリウッド・スターやミュージシャン、スタイリスト、
あるいは世界中のセレブたちと組んで周到なイメージ戦略を展開します。

その経営戦略はソニーやトヨタに負けていません。
それもそのはず。
現在のブランドのほとんどはファッションとは縁のない大物実業家が支配する
コングロマリット(複合体)企業。
ちなみに、創業者の家族が参加しており、伝統的製法を続けているブランドは
エルメスとシャネルくらいであり、後はすべて大物実業家のグローバル・ビジネス。

そして、このビジネスに最も貢献しているのが日本の女性というわけです。
高級ブランド市場全体の41%が日本での売上げ、断トツの世界一です。
アメリカは17%、ヨーロッパ全体で16%(2004年のデータ)。
王侯貴族どころか、茶髪のギャルたちや綾小路きみまろに夢中な
奥様たちまでブランド物が日用品となっている。
レザーよりはるかに原価の安いビニールのバッグが、
ブランドのマークを付けただけで数万、数十万円で飛ぶように売れる。
「日本は工業国なのにビニールがないのか」とイタリア業者が真剣に聞いたそうです。

ジャーナリストの都築響一さんは、こうした人たちを「幸せな犠牲者」と呼んでいます。
ブランド戦略にドップリはまりながらもブランド品を買うことで幸せを感じている。
こうした奇妙な消費行動を解明したのがヴェブレンの『有閑階級の理論』(1899年)です。
金持ちは衒示的消費(みせびらかし)によって社会的名声を拡大するという有名な理論。

ヴェブレンは別な著作で、産業を2種類に分けています。
物を作る産業(インダストリー)と収益のみを重視する産業(ビジネス)。
そして、「ビジネス」は「インダストリー」を侵食していくというのが彼の資本主義論です。
彼の予測どおり、ブランド業界は確実にグローバルな「ビジネス」となりました。
そして世界最高の工芸品を生んできた「インダストリー」を見事に駆逐しました。

ともかくも今の高級ブランド業界は、グローバル・ビジネスの本質というか、
からくりを見事に体現しています

ところで、ブランド物に数万円を使う日本の消費者が「幸せな犠牲者」であるなら、
先週書いた、食べ物は1円でも安いものを探す消費者を、
いったいどう呼べばいいのでしょうか?



<ご感想をお寄せください!>



いつも楽しく読ませていただいています。
パリ出張のたびにルイヴィトンのビニールのかばんを買って来いと家内に言われましたが、なんで趣味の悪い手裏剣マークがよいのだろうと思ったものです。
米も10倍ぐらいの値を付けて不老長寿米や痩身米として売ったらよいかもしれませんね。

2010/01/25 11:47

広東省の月収についてのご指摘、ありがとうございます。
この金額は『堕落する高級ブランド』(P236)から直接引用したものです。
この本の訳本が出版されたのは2009年5月ですが、原本の出版は2007年とのこと。
著者自身が世界中を駆け巡って調べたルポルタージュなので、広東省の賃金のデータはおそらく2004~2006年当時のものであると思われます(中国に関する他の記述を見ても2007年以降の数字は出てこない)。
ご指摘いただいた数字を日本円に直すと、現在の広東州の月収は11,000~17,550円。
4、5年で賃金は2倍近い上昇!・・・本当に凄いですね、中国の成長は。
おそらく、ブランドメーカーの工場はすでにカンボジアかベトナムへ移っているでしょう。
この本の著者も書いています。
中国のメーカーがイタリアのブランドを買収する時代が遠からずやってくると(P239)。


田園社会プロジェクト 金子

2010/01/22 20:09

いつもメルマガ読ませていただいています。
とても共感することが多く、日本でもこういう声が大きくなったら いいなあと感じています。


「ちなみに、広東省のアパレル工場で働く女性の平均月収は 5000~1万円。それでも最近はベトナム、カンボジアへ移すらしく、工場は「安くて豊富な労働力を求めて世界中をさまよう」のがブ ランド界の現状とのこと。生産コストは卸値の1/10以下というから驚きです。」


ですが最新号の上記点につき、少し疑問に感じた点がありました。
当方広東省におりますが、私のいる広東省中規模都市の法定最低賃金は770元であり、通常はそれ以上を支払うので残業代福利抜きでも800元あたりが月収の相場です。当社付近の企業の平均月収となると残業込み1300元以上ではないでしょうか。人民元のレートは現在13.5円/元なので、5000円ー1万円のレンジよりかなり高くなります。広州、シンセンなどの大きな都市では最低賃金はより高く法律で決まっております。

差手がましいようですが、ご参考まで。

2010/01/22 19:43

何時も感じることは、そのとおり同感の粋を出ないのですが、過疎の農村では、幸せな犠牲者はテレビの中で別世界の話です。
過疎・限界集落の中で、老々介護・孤独死を目の当たりにして、安否確認の必要性を感じながらも、プライバシーの問題・戸締りの問題・男女の問題等自分の行動の行詰まりを痛感しています。

2010/01/22 19:42

日本人は昔から中産階級という意識が根強くあって高級品への憧れは外国人や外国の高級品への憧れという形で表現できます。
ただ、一般的には高級品嗜好の方々は若年層が多いと思います。
一円でも安いものを求めるのはある程度年齢が上がってきて生活出費を抑えるという考えが芽生えてきてからだと思います。
そのどちらかのお陰で経済が潤うのか、わかりませんが犠牲者という表現が適切かどうか、も私にはわかりません。
ただ単に生活には困らず(困っても?)憧れから高級品を買い求めてしまうのもその先を考えてないからできる離れ業かもしれません。
私には海外旅行の際、バックやタバコや洋酒を免税店で購入する人の気持ちすら理解できないのです。

2010/01/21 10:44

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