BIOSPHERE 20年後を目指した地域戦略を考える
もう10年も前ですがドライブ旅行に出かけたときの話です。
昼食時になり食堂を探したのですが、なかなか見つからない。
友人が「近くにA温泉(仮名)がある、温泉街ならあるだろう」と提案し、
そこへ向うことになりました。
海に近く、名の知られた温泉です。私たちはやれエビの刺身だのカニづくしだのと
その地方で知られた海鮮料理に舌なめずりしながら、
空腹をこらえ、程なくその温泉街に着きました。
田畑の真ん中に突然現れたかのようなビルの群れ。
「ここがA温泉か」と私たちはTVで見覚えのある巨大なホテルなどを見上げながら
食堂を探しました。しかし、車でいくら探せども見つからない。
平日の午後2時くらいでしたが、街は閑散としています。
結局、1軒の喫茶店をみつけ、悩んだあげくトンカツ定食を頼む破目になったのです。
考えてみれば、無理もありません。泊り客は自分のホテルで飲み食いできる。
特にその温泉は大規模なホテルばかりでしたから、
そんな街で食堂をやっても誰も客は来ない。
おそらくその由緒ある温泉街は、各ホテルが会社の慰安旅行などの
団体さんを目当てとした経営方針に変えたのでしょう。
金髪にミニスカートのグラマラスな外人女性数人が
ホテル前で客の出迎えをしており、なにやら哀しい気分になりました。
それから何年か後、兵庫県の城崎温泉に行きました。
ランキングでは常に上位を争う人気の温泉街です。
ここも平日の午後2時くらいに着いたのですが、
街にはカラフルな浴衣姿の男女が大勢いて、三々五々と散歩をしています。
ここの名物は7つある外湯とのこと。
街の中央を流れる川の柳が美しく、カラカラと響く下駄の音とあいまって
見事な温泉情緒を醸し出しています。
私たちが予約したのは2食付のやや高級な宿でしたが、ひどく後悔しました。
街にはいたるところに粋な居酒屋や風情ある佇まいの食事処があったからです。
旅館で夕食をとると、私がこよなく愛するこうした店には行けやしない。
街中を散策すると、素泊まりOKの宿がたくさんあり、
驚いたことに風呂がない宿までありました。
外湯めぐりが名物なので必ずしも宿には必要ない。
実際に私たちも宿の風呂には入らず外湯めぐりでした。
2度目に城崎温泉に行ったときは迷わず素泊まりです。
浴衣姿で外湯、居酒屋と満喫し、
最後は趣のある蕎麦屋で但馬蕎麦でしめるという長年のささやかな夢を果たしました。
さて、この2つの由緒ある温泉街は極めて対称的です。
A温泉は10数軒の巨大なホテルが林立し、各々のホテルが喫茶、ゲームコーナー、
バー、ショーラウンジ、カラオケや土産物と全部揃えている。
建物の高さが格付けを示す棒グラフであるかのように各ホテルが売上げを競い、
客の奪い合いを行っている。
街中は閑散として飲食店もなく、温泉情緒もない。
かたや城崎温泉は大小含めて100件以上の和風旅館があり、
素泊まりの宿、風呂すらない小さな宿もある。
そのかわり情緒に溢れた街にはたくさんの外湯と飲食店、土産物などがあり、
日帰り客用に浴衣のレンタルもある。
つまり街がひとつの組織体であるかのように全体で客をもてなし、
結果としてどこの店も潤うような形態となっている。
狙う客層の違いと言えばそれまでですが、これって、
先週書いた日本の城下町とヨーロッパの「ブルク(城壁で囲まれた街)」との違いに、
どことなく似てませんか?
日本の旅行にまだ団体旅行が数多くあるということは、まず幹事が楽である。大規模旅館、ホテルはすべての用事が足せるなどメリットも多いことなどから採用されることが多い。
しかし個人の旅行では素泊まりや格安旅館などの利用も多い。自分を例にとれば食べきることのできないような食卓に並んだ料理より、筆者の言うように、城崎温泉風の素泊まり旅館がとても楽しいといえる。
とくに歳を重ねるに従って食事の量は少なくなってきていて膳の大げさな食事は捨てるのがもったいないように思えてついつい食べ過ぎて体調を崩してしまいそうだ。
食料の自給率が低いというのもこうした廃棄食品の多さが一因となっていないだろうか。輸入食料の相当部分が廃棄され、また、加工された食事などの廃棄も多いと聞く。こんなことをしていては日本の国は滅びてしまうのではないか心配になるところでもある。だがそれらを作って生計を立て、暮らしを維持する人のいることも確かなことではあるが。
考えれば考えるほど最適な方法とは何かがわからなくなってくるのが実情である。
今回のコラムは、歓楽街の趣のあるさびれた居酒屋と大型チェーン居酒屋の構図に似ているかも・・・
もちろん、我々は、煙が立上るちょっと汚れた居酒屋派ですが。
全体で儲かる仕組みに切り替えるべきとは解っていても、それによって自分の収入が減少するのは我慢できない。もっと長いスパンでの地域の展望が必要なのでしょうが、それが一番難しいでしょう。ジリ貧になったときこそ、周りを見渡せる視野の広さと団結があれば、このような良い例にならうことも可能性としてはあるのでしょうが。難しい問題です。