BIOSPHERE 20年後を目指した地域戦略を考える
私は「水の町」として知られた郡上八幡(岐阜県)の生まれです。
街の真ん中に大きな川が流れ、街中には生活用水の水路が縦横無尽に流れています。
子供の頃は、私の家の前にも幅1mほどの水路が道の両側に流れていました。
この水路は実に重宝したものです。籠に入れて野菜や果物を冷やしたり、モノを洗ったり。
暑い日には何回も道路に水をまきます。
皆が水をまくので、道路からは夏でも涼風が吹いてきたことを覚えています。
我が家の隣は大きな旅館でした。
私が中学生の頃だったか、その旅館が町で初のクーラーを設置し、
部屋の涼しさが町中の話題になりました。
ところが、その年の夏から我が家は突然、高熱化していったのです。
クーラーの屋外機からの熱風が我が家の裏に毎日吹き付けてくるからたまりません。
しかたなく我が家も2、3年後にクーラーを買い、
屋外機を旅館の裏に向けてやりました(笑)。
すると、裏通りの家も暑くなったらしく直ぐにクーラーを設置。
城下町特有の密集した町屋建築です。次はその家の隣、また隣・・・。
折りしも時代は高度経済成長の真っ盛り。
クーラー、カラーTV、カーは3Cと呼ばれ、消費社会の花でした。
こうして、クーラーは急速に町中に普及していったというわけです。
そして車の交通量も急増しました。
夏は「郡上踊り」で数十万人が訪れる観光地。
道路が狭いので、やむなく町は次々と水路に蓋をして道を広げます。
これでもう家の前の水路も使えなくなりました。
水がまけないのと、車の排気熱で道路は南国の街のよう。
部屋の中はシベリア並みの涼しさ、外はバンコックの熱風。
母はいわゆるクーラー病で体調をくずし、夏の電気代はハネ上がりました。
外はひっきりなしに車が走るので、子供は外で遊べなくなり、
お年寄りも一日中、家の中で過ごすようになったのです。
・・・いったい誰が得をし、誰が損をしているのでしょうか?
しかし皆さん、誤解しないでくださいね。
郡上八幡は今も素晴らしい街です。水が豊かで情緒にあふれた町並み。
住民がその気になれば「水道のいらない町」にもなれるのです。
もっとその気になれば、街の外れに大きな駐車場を造り、
中心部は車の乗り入れを禁止にできます。
そして、豊富な川の水力で電気をおこし街中に周回式のトロッコ電車を走らせます。
車が通らなくなるので、水路を復活します。
水路の傍に柳などの樹木をたくさん植えれば、風情ある家並みが一層引き立ちます。
子供たちも交通事故の危険がなくなり自由に外で遊べる。
お年寄りも散歩が愉しみになるはずです。
暑い日には道に水をまきます。
クーラーを使わなければもっと涼しくなります。第一、夏の電気代が半減。
こんな街は珍しいでしょうから、観光客も増えます。
車の通らない商店街は観光客でいっぱい。
道路は公園と同じ状態になるので、近隣で採れた農産物の一大朝市を開きます。
ついでに「スーパーのいらない町」を目指せば・・・、
なんて戦略的夢想をしてしまうのですが・・・。
ヨーロッパには街の中心部を車の乗り入れ禁止にしている都市がたくさんあります。
以前訪れたドイツのオーバーストドルフ市は郡上八幡と同じ規模の観光地ですが、
市街地はほぼ全面的に乗り入れ禁止。
その街の緑の多かったこと。美しかったこと。人々が豊かそうだったこと・・・。
コラムについて1です。 そう思います。
当事務所も新築で空調設備(エアコン)が入りました。
車もそうですが、人工的に快適さを生むことは自然に対してリスクを負うことになると思います。
物が発展して、今後も便利になっていくことと思いますが、皆が自然や環境、食糧等を考え続けて行く必要があると思いますがいかかでしょうか。
このところ、私はJohn Grishamという作家に凝っているのですが、最近、彼の子供時代の自伝的な小説(Painted House)を読みました。あまりに質素で貧しくて、それでいて礼儀正しく高潔で、現代とは一体何なのだろうと不思議になりました。
以下にその暮らしぶりを少しだけ書き出してみます。
主人公の年齢は7歳で、アーカンソーの綿花農家の一人息子。時代は朝鮮戦争中で19歳の叔父が出兵しており、両親と父方の祖父母と5人で暮らしている。
父親にはYes,sirと返事をし、決して口答えはしない。
いたずらをすれば鞭の罰があるものの、大人は決して感情的には怒らず、7歳の主人公も人としての道徳をしっかり身につけている。
夏から秋にかけた綿花の収穫期には、何ヶ月も夜明けから日没まで、7歳にして季節労働者といっしょに炎天下で綿を摘む。
収穫期の間、庭先にはテント暮らしの流れ者一家が同居し、納屋にはメキシコ人が大挙して暮らしている。
家の回りの少しの菜園を除き、40haの綿花農園は借地で、古いトラックが一台と電気や冷蔵庫もあるが、水道は外にしかなく、庭先にはポットントイレ。
綿花は豊作だと値が下がり、値が上がるのは洪水で台無しの年。一家は一向に借金が返せない。
食事はたまにチキンを食べる他は、卵と野菜とビスケットと水。
水浴びと体を拭くのは週に一度。
土曜の午後は家族そろって町に買い出しに行き、日曜日は必ず教会に行って午後は安息日。
近辺の住民は全てアイルランド・ドイツ系の白人で、額に汗して働くことを美徳とし、町の住民も農家相手の商売で生きている。
夜ラジオでカージナルスの野球中継を聞くことと、戦地の叔父から届く便りやうわさ話だけが娯楽。
しばらく車で走った隣の農家に電気はなく、車もなく、大勢の子供達は学校に通っていない・・・。
これが太平洋戦争で日本を叩きのめしたアメリカであって、物質文明に席巻されているUSAのほんの半世紀前の姿です。
ただし、最後に一家は、背水による洪水のために収穫をなくし、一文無しになって、祖父母を残し北部の自動車工場で働くために農場を去ります。
何度も何度もビッグハグをして、別れを惜しみすぐに帰ってくると約束して、町に出てグレイハウンドの長距離バスに乗り、疲れて眠った母親の口元には、しかし、静かにニンマリ微笑が浮かんでいたのでした。
若い世代が親元を去り農村を去り、都会へ豊かな国へと流れていく。これもまた普遍的な人の性と言えそうです。
今、ヨーロッパはたとえ大きな町でも、車を少なくしようと頑張っていると聞きます。昨夏、パリ在住の日本人と話したときの話では、市内の駐車がだんだん難しくなっている事や、自転車が多く走るようになったこと。毎週、週末に、町中をローラースケートで走ることが、多分車のない社会へのイベントとして、流行りだしている。と言うことでした。私のパリでの経験でも、町を散歩するのが楽しい。これはとても大事なことだと思います。そんな意味で、郡上八幡に対する願いと提案は素晴らしいと思います。
パーク・アンド・ライドを日本で実現するのっていろいろと大変でしょうけど、郡上八幡のまち全体が歩行者天国状態になったら、凄いことになると思います。海外では実際にやっているところがありますが、コンセプトの共有だけでも大変だったでしょう。地域単位で考えたら、もちろんメリット・デメリットはあるでしょうが、観光客としては是非見てみたいですね。
はじめて投稿します。
3ヶ月前に郡上八幡に行ってきました。東海北陸が開通し富山から
すごく近いですね。
水の豊富さには関心しましたが、これからどのようになるのかな。
こういうの、ほんとにどっかやらないかな。